Go Wild!

n倍化から富が生まれなくなった次の世界を生きる上で僕はどう社会に、そして会社に貢献していくべきなのか、最近はこんなことをよく考えている(n倍化についてはシンニホンを読んだ人は分かるはず)。after n倍化の世界では妄想が富を産むと安宅さんは繰り返し表現している。社会や組織にインパクトを残す方程式として 

 

夢×技術×デザイン

 

を挙げ、この方程式から世の中を変えるような事が産まれると述べている。

 

僕にとっては少し解像度が低く、咀嚼しきれなかったので自分に必要なスキルや考え、スタンスは何なのかとちょっと考えみてみた。忘れないように今日時点で出てる解を少しまとめてみる。今後更にブラッシュアップをしていくつもり。

 

after n倍化を生きるために身につけるべきスキルや考え

①深いinsight持つ

②そのinsightを他の人に理解してもらうための解像度の高い表現力を持つ

③人にサポートをしてもらえるようなチャーミングな部分

 

①深いinsightを持つ

after n倍化を生きる上で何が必要なスキルや思考なのかを探るため、周りの友人や先輩、上司で仕掛け力が高い人を探してみた。まず自分の会社にいる仕掛け力が高い人は常識を否定する深いinsightを持っているのではと感じた。そういう人が仕掛けたり、計画したりすることは大体、本質的でありつつ論点に抜け漏れがない。そしてそのinsightはいつも目の前に出てきた数字(fact)に基づいており、provenなことは何かを理解し、手なりで考えている。普通の人が考えているよりも何倍も洞察が深い。

 

②豊かな表現力を持つ

そのような深いinsightを持っている人は大体自分のワールドを人に理解してもらいattractする為の豊かな表現力を持っている。この表現力に就いては既に以前のログで考えを纏めているのでそちらに詳細は任せるが、要するにリベラルアーツが大事だということだ。中でも三学(文法・論理・修辞)がかなり重要でここは徹底的に拘り、自習をした方が良い。

 

③人にサポートをしてもらえるようなチャーミングな部分

結局のところ人は一人では何もできない。スケールが大きければ大きいほど多くの人の協力を得て、コンセンサスを取らないといけない。擦り合わせや政治力も必要で、誰かに動いてもらうことが殆どだ。どんなに凄そうなカリスマにもそれを支える裏方がいる。歌手だって作詞家がいるし、お笑い芸人だって作家がいる。規模が大きければ大きいほどサポーターが必要となる。サポートを得ることを大きな変化をもたらすことの前提と考えた時、チャーミングな部分はどんなスキル以上に必要なパーツと言える。高圧的で、人間味がない人より、ちょっと憎めない人懐っこい奴を人が好むのは当たり前だ。

 

Go Wild 仕掛けて仕掛けて仕掛けまくる。

評論家にならずいつまでも社会を変えるプレーヤーでいようと思う。年内は少し忙しいのでこんなところで。それでは。

 

 

未来を創る

f:id:koheisblog:20201028081922j:plain気付いたら10月の残業時間がすごいことに。手持ち無沙汰な状態よりも目の前に常にやることがあった方が、半人前の僕には丁度いいので感謝してる(といいつつも辛いものは辛いが)。

 

実は今月、大学時代の先輩に会いに徳島県まで行ってきた。既に何人かの方の頭には思い浮かんでいるとは思うが、そう人生初めて独立リーグの野球たるものを観戦した。まず驚いたのが投手のレベル、完成度の高さ。僕が野球界から離れて以降の3年の間に野球界全体が爆速で進化したことも背景としてはあるが、にしても完成度が凄く高い。それを証明したのがまさに今回のドラフト会議で、僕が観戦した同球団からは2名の投手がプロ入りをした模様。六大学という狭い世界にいた僕は素晴らしい素質を持った選手がここにもいるんだと驚いた。

 

昨今独立リーグもチーム数が増え、従来の大学や社会人野球に留まらず、高校を卒業した若者が活躍できるフィールドが増えている。プロ野球も3軍が出来始め、各球団、才能のある選手を1人でも多くと獲得に動いている(巨人が今年のドラフトで育成枠で12名の選手を獲得したのには驚いた)。有識者ではないのでクリアな答えは分からないが、その背景にはある程度ごそっと選手を獲得しないと誰が今後伸びるのか分からないというスカウンティングの限界がそこにあるのでは?と当方はguessしている。n数を増やせば上の舞台で活躍できる人は必然的に増える。

これ以外にも、NPB自体も16球団構想を検討していたりと明らかに活躍できるフィールドは数年前よりも広がっていると思う。

 

東京に戻る機内でふと考えたことがある。

 

「活躍できるフィールドは増えているが、金の卵を育てるだけの充実したインフラ設備が日本にあるのか?」「身体を動かせる環境はあるとしても、単なる場の提供に留まらずプレーヤーのパフォーマンス向上をサポートできるインフラは提供されているのだろうか?」

 

例えば球場。既存の自治体が保有する球場はあまりにoutdatedで、データドリブンな現在なスポーツ界とインラインとなっていないのではないか。球速表示すらされない球場もある。

 

室内練習場。高校球児が雨天時に練習できるような環境が整備されていないのではないか?

 

基本的にこういうインフラ的なスポーツ面の課題はこれまであまり議論されてなかったと思う。むしろスポーツ界に従事する人は取っ付きやすい指導現場や技術面に話が向かいがちな印象を受けている。

 

ではこの問題に誰がアタックする必要があるのか?前提として余りにも膨大な資本コストがかかるから相当なお金を持っている組織でないと動かない。地方自治体か?限られた財源故に、彼らのroleはあくまで身体を動かす場の提供に留まる。プロ野球界か?そもそも殆どの球団が赤字だし、足元でも球場を自前で持っている球団がマイノリティで、彼らが主体となり動きだすことは考えにくい。

 

現時点では誰がという主語が分かっていないが、誰かがキックオフしてボールを蹴り出さないといけない。僕が現時点で貢献できる隙はなさそうだが、問題意識を持った以上何か動かないとなと感じ始めた。

 

現時点でクリアな答えや具体的なイメージは持ち合わせていない。ただそれは動きながら解をだしていけばいいと思っている。その為にもかなり根気強く且つ数十年単位でworkし続ける必要がある。道が引かれているとは思わず、未来を創る、壮大な実験としてこの構想に動こうと思う。

 

データドリブンな野球インフラを整える。

恐らく数年後には仕事の関係上、海外に駐在することになり日本にいない期間があるがそれでも粘り強く続けて数十年後には解を出したい。

 

 

ps.賛同してくれる人がいれば是非ともに動きましょう。野球を全く知らない人ほど大歓迎です。

若いうちにもっと否定されたほうがいい

f:id:koheisblog:20201004005805j:plain先月は上司とのキャリアアセスメント面談やパフォーマンスレビューがあり自分の成果や貢献度を振り返る機会が多い1ヶ月だった。これからどういうキャリアを歩むのか、どういうスキルを伸ばすのか、先の事をいつも以上に考えさせられた。

 

面談では自己評価と上司からの評価に大きなズレがないことを確認することができた。お忙しいのに自分の事をよく見ていただき、上司には本当に感謝しかない。人からfeedbackを貰えることのありがたみを改めて痛感した。お前はああだこうだと指摘して頂けることは雇われ者の特権で、僕みたいな大した能力もない人はどんどん否定され、自分の意見や仕事への取り進め方を磨いていったほうがいい。

 

「自分がAだと思うものに対して上司がBと言ってる」

 

だいたいの人はこういうケースが起きた時、あいつは分かってない、あいつとは考え方が合わないと難癖をつける。気持ちは分からなくないが、重要なのは、きっと自分には見えてない何かをその人は見てるんだなと考えることだ。

 

自分のような野球漬けの日々を送ってきた鼻くそ学部卒には一定のレベルまで自分の能力を引き上げてくれる厳しい人が成長する為には必要不可欠だ。だから若いうちはとことん上司に怒られた方がいいし、逃げずにどんどん絡みにいった方がいい。プライドなんか捨てて、上手くやろうとせず、とっ散らかっててもいい、兎に角優秀な上司に時間を貰った方がいい。「若いオレと話せて貴方も嬉しいでしょ??」と、とんでもない勘違いをするくらいでいいと思う。独りよがりになるよりよっぽどまし。

 

最初のキャリアを伝統的な企業に入り、優秀な上司のもとじっくり実力を付ける判断をした自分は我ながら正しかったと嬉しく感じた。

 

以上

仕事の対価は仕事。今月も頑張りましょう。

【読書 2020.9】「言語化力 言葉にできれば人生は変わる」

f:id:koheisblog:20200922120349j:plain読書の秋だからという訳ではないが、備忘も兼ねて今月読んだ本の重要なポイントをこのブログに記録したいと思う。まずは9月に読んだ本の内容を記す前に、僕の読書に対する姿勢について簡単に触れておく。

 

基本的に僕は読書が大好きで、時間があればkobo電子書籍を読んでいる。新しい本を手にした時のあのワクワク感がたまらず、時間を見つけては本屋に行ったり、ネットショッピングでいい本がないかサーフィンをしている。ただ僕のルールで読む本は月に1冊までと決めている。理由は2つ。

 

①色々読んでもキリがないから

②本を読むことはあくまで受動的な学びだから

 

大型の書店に行けば沢山のビジネス書が所狭しにならんでいる。表紙のタイトルもセンセーショナルなものが多く、デザインもかなりイケており、思わず手に取ってしまう。ただその殆どが角度を変えてアイデアを述べているだけで、書かれていることの本質に就いてはどれも同じ内容だと最近気が付いた(特に自己啓発系は)。みんな上手に変化球を使って表現や角度を変えているため、読者が納得できる内容に書き下ろされているが、言わんとしていることのコアな部分にはあまり大差がないと思う。この意見には突っ込みが入りそうな気がしているが、そう思わないと本だけ読んで人生が終わってしまう感じがしているため、若干乱暴な意見だと自分でも認識しているが、寧ろそう思うようにしている。そう思わないとあれもこれもとキリがない。

 

この考えには反論があるのは百も承知だが、全部を知る必要は全くないという僕の主張も間違ってはいないと思う。Excel、英語、データサイエンスなどのスキル系、問題解決、組織論などのマインド系、どれもある程度分かっていれば充分だと思う。出来ないことは全く恥ずかしいことではなくて、出来すぎる(知りすぎる)ことのほうが何に時間を使っているのか少し心配になる。数冊かじってみて、60点くらい分かっていれば全く問題ない。あれもこれも必要と思う変な強迫観念は捨てよう。

 

また学びが他者の視点に偏重することも望ましくない。自らが自身の経験を通して何を学んだのか、この主体的な学びの方が読書よりもよっぽど重要で意味がある。本を読んで勉強した気になるのではなく、実際に何かを経験してみて感じたことを自分で脳に叩き込む方が意味深い時間になる。僕はそういう事に時間を使いたいと思っている。

 

よって僕は多くの本を乱読するようなことはしない。寧ろ読んだ本を何回も繰り返し読むようにしている。誰になんと言われようが必要になる知識、スキル、考えだと自分が感じた「自分の中の名著」を繰り返し読むことにしている。読むタイミングによって見方や感じ方も変わり、3回も4回も読むことで味が出る。感覚としては予備校の参考書のようなものだ。その本のどこがよかったのか、何が著者のメッセージなのかを質問されたときにすぐさま回答できる状態が理想。なので何冊も手に取ることはしない。そんな時間があるなら、ブログを書いたり、プライベートの時間、仕事とは別枠で動いているプロジェクトに時間を充てたりと、もっと他の活動のために動くべきだと思う。

 

ここまで簡単に僕の本との向き合い方について紹介したが、ここからは今月読んだ「言語化力 言葉にできれば人生は変わる(著: 三浦崇宏)」に就いて書こうと思う。

 

過去のブログ記事を読んで頂いた方には既にお分かり頂けていると思うが、僕は言葉の使い方には強くこだわって生きている。そしてこの本には言葉がいかに大切かという点が様々な角度から書かれている。この本を自己啓発と片付けられてしまうことは凄く残念で、皆さんには3-4時間で読めるから是非手に取ってみて欲しい。

 

言葉をどのように使い、自らのアイデアをどう発信していくのか、このスキルは義務教育期間中に学んでおくべきだと僕は思う。自分が発した言葉が相手に対しどう捉えられるのか。ポジティブな点では、どうやったら人を動かすことができるのか、ネガティブな点ではどうやったら人を不快にしてしまうのか。下品で攻撃的な想像力を欠いた言葉を使わずに他者に動いてもらう。その重要性がこの本では語られている。著者の三浦さんも当方と同じ意見を持っていたから凄く嬉しかった。

 

最近はSNSで炎上することを正としたり、Twitterで制限された140字の中で上手く表現すべきだという論調が正とされているのをよく見かけるが、そういった風潮には少し違和感を感じる。140字を越えて141字になろうが、自分の考えを攻撃的になることなく正しく伝えるスキルは重要で、それに反するような文章は使うべきでない。背景や理由、何を伝えたいかを文章にし、毒を抜く。この本を読んで改めて言葉を正確に扱うことの重要性を強く感じた。

 

エネルギーはあるが仕事を上手くまわせていないと感じている人、自分の発言がチームや上司に響いてないなと感じ人は是非手にとってみてほしい。

言葉にしよう、自戒を込めて

f:id:koheisblog:20200915001214j:plain来る10月で勤続2年と半年を迎える。中身が濃すぎてまだ2.5年しか働いてないのかと少し面くらうのが正直なところだ。2.5年なのにこれまで生きてきた25年間の人生を軽く超えるくらい、人に注意を受け、怒られてきた。1年目は自分が何に怒られているかも分からず終わった。2年目になり怒られていることの中身が理解できるようになったが、まだ色々と指摘を受けた。3年目になってやっとこさ自分が何に怒られているのかグルーピングができるようになってきた(共通性が見えてきた)。ここに来て分かったのが「自分が言葉を正確に使えていないがために、概念を正しく捉え切れておらず、上司に自身の考えを正しく伝えられていない。また何に答えを出すべきか、切り口が甘く、言語化ができていないが故に常に意見・行動がフワッとしてる」という点だ。

 

僕が尊敬する上司から、よく指摘を受けたのが「石井がファシリテートしてるその会議の目的は相談なのか、報告なのか、ブレストなのか、これがよく分からない。オレらに何をして欲しいのかが分からない。」という指摘だ。一歩下がって考えればこの点を押さえるのは働く者のいろはとして支極当然なんだが、言うは易し、行うが難し。また、仮に「この会議は相談を目的に上司の時間をもらう!」と分かっていても、どのトピックを、なぜ相談したいのか、自分が何に迷っているのか。これをシャープに伝えることは本当に難しく、一つよくなっては一つダメになり、まさに鴨の水掻き状態だった。

 

言語化が正しく行えていないことで、熱量は伝わっているものの、僕の意見は常にフワッとしてて、何かが抜け落ち、納得性に欠けるものだった。仕切った打ち合わせが終わってみてもスッキリしない。担当したプロジェクトを最終的にどう位置付けてfile closeとしたのか、これが常に曖昧だった。まさにエネルギーがあるだけでやたらと周りを掻き乱してくる厄介者だったと思う。

 

さてそろそろ本題に入る。

今回自戒もこめて伝えたいのが、人は考えを言葉にすることで初めて概念を正しく捉え、人に伝えることができるという点だ。当たり前だが、言葉にできないことは考えていないのと一緒で、そこに価値は存在しない。ロジックツリーのような単純な筋書きの行間にある微細な思考を言葉にできない乃至は言語化する作業をしてない、だから考えが浅くなり、行動が中途半端になるのだ。

 

先日ふとTwitterを見ていた時、自分が過去にどんなツイートにいいねを押しているのか確認した。簡単にグルーピングしてみると大体30%くらいが「へぇーそうなんだ」という新しい知識を与えてくれるツイート、もう30%が「これは年を重ねても忘れちゃいけないな」と思ったツイート、残りの15%が「なんか良さそうだから今度見返そう」という種類のツイート、そして残りの15%が「今まで自分が同じような感覚をもっていたんだけど、言語化することが出来ないでいたモノや考えを巧みに表現してる」ツイートであることが分かった。

 

繰り返しになるが、人は言葉にすることで初めて概念を捉えることができ、物事の解像度を高めることができる。大学時代の恩師、林助監督は当時下級生の柳町(現 ソフトバンクホークス)だけが活躍した試合を終えて「柳町とその仲間たち」と表現した。「柳町以外は戦力になってない」と表現しないことにミソがある。童話やゲームのタイトルのような表現に例えることで、柳町以外は全くもって重要じゃないサブキャラクター、という皮肉がそこに込められている。

 

言葉にしよう。

今日はこんなところで、おやすみなさい。

就活、部活動での経験

f:id:koheisblog:20200910233900j:plainこの2年間会社の事情で学生にコンタクトをすることが出来ない環境にあった。まだ足元も状況は変わってないが、こうやってブログを始めたことで学生にもリーチできる環境にったため、今日は表題の件に就いて自分の考えを纏める。

 

就活ではよく、学生は学生時代に取り組んだ事と志望動機を結びつけようとする。兎角体育会出身の学生は部活動での自分の経験や担当業務を力説し、得た経験をジョブハンティングの世界にやや強引にコネクトする。

 

正直僕はここに強烈な違和感を感じる。学生コーチとしてウエイトトレーニングの管理担当をしていただとか、チームのデータ分析をしていただとか、こういう事を面接官にアピールする。面接官も就活がそういうものだと思っているせいか違和感を抱いていないようだ。そしてこれが就活の定番になっている。

 

これをアイスブレイクとして面接官が学生に質問をする程度であればいいが、それを面接の解として求め、喋らせるのは不適切な気がする。部活動は部活動であり、ジョブハンティングはジョブハンティングで、夫々全く違う次元のもので、そこに一貫性を求めるほうが不自然だからだ。学生時代はデータ分析を担当していた人が、将来は分析の世界から離れ、経理職につきたいという場合。なぜだかこういうケースでも就活では一貫性を求めようとする。

 

少し話が逸れたが、では就活と部活動が違う次元のものであるからという理由で、部活動での経験を就活というゲームで話す必要はないのか?というと、そうではないと思ってる。就活という世界で定められたルールブックでは、「野球が好きだから野球をやったんです。大学時代は練習だけしかしてません」面接官はこんなバカ正直な話をする学生を許してはくれない。

 

確かにやってきたのはたかがスポーツなんだが、その裏にあるストーリーをシャープに且つ巧みに表現することが重要だ。シャープに伝える、これは立派な能力と僕は考えている。何を面接官に伝え、何を伝えないか。枯山水のような美しさを際立たせる技術、言葉を細かく使い自分の生い立ちをシャープに面接官に伝える必要がある。

 

問題はスキルで勝負する事が難しい体育会学生がなにをシャープに伝えるかだ。上述の通り会社は各々が学生時代に取り組んできたその経験を聞こうと求めているが、それを文字通りに受け取ってはいけない。面接官が投げかけている質問の解、これを深掘りする必要がある。僕は体育会の学生が部活動の経験を話す際、以下の点を押さえるとよいと考えている。

 

1. GRITが高い事をアピール

部活動とジョブハンティングは別次元のもので、そこに一貫性を求めるのは不適切と述べた。ただ社会がその解を求めている以上能書きを垂れていても仕方がない。面倒だし、腹落ちがしないが、答えなければいけない。

 

僕はスキルで勝負することができない体育会の学生はGRITの高さをアピールすべきと考える。根性論かよ、と思った人は是非「GRIT やり抜く力」を読んでほしい。スポーツに限らずあらゆる知的生産活動においてもこの以下の4点は問題解決に必要な能力であると既に証明されている。ノウハウ的な部分はここでは割愛するが、限られた時間の中で結果を出すことが求められる部活動の世界で生きて来たからこそ、GRITの高さをシャープに話し、アピールしたいところだ。

 

・度胸 Guts 困難に挑み、逆境にたじろがない勇気

・復元力 Resilience 挫折から立ち直る力

・自発性 Initiative 率先して物事に取り組む力

・執念 Tenacity どんなことがあっても物事に集中しつづける能力

 

2.  価値あるアウトプットを行う事に於ける創意工夫

スポーツは肉体的且つ先天的な能力が実力に差をつける。一方でビジネスの世界では部活動で2軍だったから一流企業に入らない、そんなことはない。限られた時間の中で価値のあるアウトプットを出そうとする行為は部活動もビジネスも同じだ。一軍に上がるために何をしたのか、どういうストラテジーを組んだのか、トライアンドエラーの中から成長に於いて必要なマインドはなにか。部活動という世界がインプットとアウトプットがイコールで繋がらない世界だからこそ、そこで得た工夫は一般の学生よりも鋭い視点があるはずだ。

 

当然、この2点だけでは不十分で、これだけ押さえておけばいいというものではない。ここをスタートに考えようという程度のものだが、自己分析から始める既存の就活いろはよりもよっぽど意味のある思考時間になると思う。

 

今日はここまで。

 

野球人生とキャリア

f:id:koheisblog:20200902231845j:plain携帯の写真フォルダをスクロールしていると毎度眺めてしまう1枚の写真がある。その写真がサムネイルの1枚だ。大学4年のこの瞬間が1番楽しかったし、生きがいを感じた年だった。毎日が戦いで、苦しかったといえば苦しかったが、本気で日本一を目指し、指導者に恵まれ、仲間にも恵まれた。選手としてはペーペーだった自分に華を持たせてくれた環境に凄く感謝している(きっとYahooに掲載された記事も監督と助監督が僕を労ってくれて華向けしてくれたんだと思う)。

そう思う一方、最後まで選手を続けていたら神宮に出れたのかどうかと考える節がある。野球選手としてのマーケティング(自分の売り込み方)が正しかったのか、毎晩こなしていた素振りやウエイトトレーニングが正しい努力だったのか、打撃を売りにしていたがそれで良かったのか、つい考えてしまう。

 

野球から離れて早三年が経つが、僕の中でこうすべきだったという反省や答えに就いては既に明確な答えが出ている。そういう感覚はビジネスマンとしての自分の成長に惜しみなく活かさないといけないと思うため、こうやって振り返ることにする。

 

1. ニッチな世界で戦う

僕は学生時代、打撃のみを売りにして生きてきた。ポジションはファーストで、守備は上手くもないし下手でもないレベル。足は遅い。打撃にはそこそこ自信がありコンタクトする能力には長けていた(と自分では思ってる)。振り返るとこれが駄目だった。右打者で長打はないがコンタクトするのが上手い選手は腐るほどいる。変に人よりちょっとだけ良い自分の打撃に過信して過当競争の渦に飛び込んでしまった。

 

狭き門より入れ。逆張りの思考。

人があまり好まず、選ばない分野でこそ勝負できるのに、皆大好きバッティングの世界!で勝負を仕掛けてしまった。これは大いに反省すべきポイントだ。ニッチで皆があまり好まない道にこそvalueがある。

会社に入ってビジネスマンがやりそうなことは何かと考えた時、英語、ビジネス書を読む事、この2点が頭に浮かんだ。実際に自分も英会話をしたり安宅氏冨山氏、大前氏が書くビジネス書を読んだりするが、時間を使いすぎないよう気を付けている。過当競争に入らないよう、人がやりそうなことはやらない。競ったら負けと自分に言い聞かせている。

 

2.ジェネラリストになる

1に被るが、そこそこの打撃、これだけを売りにして生きてきたことも当然間違いだった。他に勝負できるポイントを持つべきであった(細かい話をすれば、自分ごときが中学生でファースト専門になってしまった時点で野球人生は終わったも同然だった。)

 

ここで言いたいのは当たり前だが武器は一つだけでなく複数持つことの重要性だ。必要なものは何かと考え、満遍なく努力して育むことが大切だ。特徴がないのが特徴になっては意味がないが、満遍なく鍛えていればそんなことは起こらず、どれか一つ人より抜き出る能力が出てくる。最悪なのは早くから選択肢を消してしまい、盲目になってしまうことだ。ビジネス知識、統計的にジャッジできる思考、サイエンスと情報科学の教養、これらを満遍なく身につけ武器にする。この姿勢を持つよう心がけている。

 

3. メンターを見つける

「分かってるから分かるんだよなぁ」

これは大学時代の恩師、林卓史さんの言葉だ。

投球の鍵がどこか分かっているから気付く、分からないことは一生分からないのだ。もう少し噛み砕くと、人は誰かに教えてもらい、要点を分かっているからこそ初めて勘所が分かるというものだ。成長は一次関数のような直線ではない。エクスポネンシャル、指数関数的なものだ。つまり上手くなるポイントや鍵が分かったタイミングで成長曲線がグンと上がる。

ここで言いたいことは、メンターを見つけキャリア成長の要所はどこか、自分は何をすべきなのか、師と言える人に仰ぐことの重要性だ。大学時代に2つ上の先輩、戸田昂文さん(現: 徳島インディゴソックス職員)から打撃指導を受けてから僕の打撃はY軸こそ短かったものの、グンと伸びた。

残念ながらまだ僕も就職してからビジネスにおけるメンターとは出会えてない。これは同じ会社に勤める上司では駄目で、必ず外部に作る必要がある。血筋が全く違う人に指導を仰ぐからこそ意味がある。今後時間を掛けてじっくり探したい。